宿題の中に、まだ取り組んでいないところが残っていました。
私は、その場所を見て言いました。
「ここが空いている。どうして全てできないの」
子どもは黙っていました。
返事がないと、私はさらに理由を尋ねました。
どうして途中で終わらせたのか。どうして残っているところに取り組まないのか。
当時の私は、その理由が分かりませんでした。
けれど今振り返ると、私の「どうして?」には、理由を知りたい気持ちだけでなく、「最後までやって当然なのに」という思いも混じっていました。
私は質問をしているつもりでした。でも、相手が答えるまで待つ余裕は、十分にあっただろうか。
今回は、そうした自分の問いかけ方を振り返ります。
※この記事は、すべての家庭に当てはまる対応方法を紹介するものではありません。ひとつの家庭で起きたすれ違いと、保護者としての試行錯誤をまとめた記録です。
空欄を見て、私は「どうして?」と聞いた
宿題については、中学生の頃から、本人に任せて進めてもらっていました。
ただ、なかなか進まない様子を見ると、私はつい催促していました。
声をかけたあとに取り組んでいても、しばらくすると手が止まっているように見えることがありました。「終わった」と聞いて中身を見ると、まだ空欄が残っていることもありました。
私の中では、宿題は最後まで取り組むものでした。
だから、残っているところを見ると、「どうして?」という言葉が出ました。
なぜ途中で終わりにするのか。なぜ全部に取り組まないのか。
そのときの私は、自分が当然だと思っていることを、子どもにもそのまま求めていたのだと思います。
前回の実践ノートでは、親子で「終わった」の基準が違っていたことを書きました。今回は、その違いに気づかないまま、私がどのように理由を尋ねていたかを考えたいと思います。
理由を聞く言葉に、「当然」が混じっていた
「どうして?」と聞いたとき、理由を知りたい気持ちはありました。
理由が分かれば、次は同じことを繰り返さずに済むのではないか。そんな思いもあったと思います。
一方で、私は、途中のまま終わりにすることに納得できていませんでした。
「最後までやるものだ」
「残っているなら、そこにも取り組むものだ」
その基準が、自分の中にありました。
私が使ったのは、「どうして全てできないの」という言葉です。
今読み返すと、その言葉には、相手の事情を尋ねる前に「全てできていない」という私の評価が入っています。
理由を聞きながら、同時に、自分が求める状態へ早く進んでほしいと思っていました。
私は、どのような答えであっても聞こうとしていただろうか。
それとも、自分が納得できる答えや、その場ですぐに取り組む姿を求めていただろうか。
当時は、そこまで考えられていませんでした。
返事がないと、私は言葉を重ねていた
以前の私は、強い口調で叱ることがありました。
子どもが黙ると、さらに理由を尋ねていました。
返事がないままだと、私は何が起きているのか分からず、問いかけを重ねてしまいました。
ただ、黙っていた理由は、本人から確かめられていません。
私の言葉をどう受け止めていたのか。何か説明したかったのか。それとも、そのときは答えられなかったのか。
今も分からない部分があります。
分かっているのは、子どもが黙っている間にも、私は次の言葉を重ねていたということです。
質問をしたあとに、自分でその間を埋めてしまっていました。
その後、子どもが宿題に取り組むことはありました。
けれど、続きを進めたことと、私の説明に納得したことは、同じとは限りません。
私は、宿題が進めば、それで話が伝わったと受け止めていたのかもしれません。どう感じていたのかまでは、分かっていませんでした。
物語の中に、自分と重なる場面があった
大人編の第3話「どうして?」には、父親が自分の言葉を振り返る場面があります。
それでも、自分は言葉を重ねた。
コーキの探偵日記 大人編 第3話「どうして?」
それで終わったと、思っていた。
この部分に、私は自分と重なるものを感じました。
相手が黙っていても、説明を続ける。
自分が伝えたいことを言い終えると、それでやり取りも終わったと思う。
私も、同じようなことをしていたのではないかと思いました。
物語には、怒られたと感じたことで、続きをやる道が閉じたのかもしれない、という振り返りもあります。
実際の子どもが同じように感じていたかは分かりません。
それでも、この場面は、私が自分の行動を見直すきっかけになります。
自分が話し終えたことを、相手とのやり取りが終わったことにしていなかっただろうか。
そう考えると、当時の「どうして?」を、もう一度振り返る必要があると感じます。
「どうして」と聞く前に、空欄を具体的に示すようにした
生活の中で同じような困りごとが繰り返されるうちに、こちら側の考え方も変える必要があるのではないかと思うようになりました。
繰り返し伝えていても、同じことが続いている。
それなら、子どもに求める内容だけでなく、自分の関わり方も見直さなければいけないのではないか。
そう考えて、空欄に気づいたときの言い方を変えようとしました。
以前は、その場ですぐ「ここが空いている。どうして全てできないの」と言っていました。
「もう一度確認してみて」と言い換えたこともあります。しかし、それだけでは確認につながりませんでした。
実際には、私がノートを開き、空欄になっている場所を示す必要がありました。空欄の場所を具体的に示すと、子どもは続きに取り組みました。
ここで変わったのは、子どもが自分だけで見直せるようになった、ということではありません。
「どうして全てできないの」と理由を問うのではなく、まず「ここが空いているよ」と、見えていることを具体的に伝えました。
前回の実践ノートでは、親子で「終わった」の基準が違っていたことを振り返りました。今回の場面も同じだったのかもしれませんが、本人が空欄を残した理由は確認できていません。少なくとも、「どうして」と問い続けることより、次に見る場所を共有する必要がありました。
ゆっくり話すために、話し始める前に一息つき、頭の中で伝えたいことを整理してから話すようにしました。
整理しないまま話し始めると、言葉が長くなり、口調も強くなりやすいと感じたからです。
もう一つ心がけているのは、怒らないことです。ただ、これは方法というより、「そうしないようにしている」という段階です。できている日もあれば、できていない日もあります。
また、子どもと関わる時間も増やしました。
関わる時間を増やすことと、話し方を見直すこと。その両方を続ける中で、少しずつ、以前は取り組めていなかったことに取り組める場面も見られるようになりました。
今も、確認や手助けは必要です
変化を感じることはありますが、今も宿題の抜けはあります。
生活の中でも、確認や手助けが必要なことは残っています。
ですから、「口調を変えたら、すべてできるようになった」という話ではありません。
話し方だけが、変化の理由だったとも言えません。どのようなことが変化につながったのか、私には切り分けられません。
ただ、私自身が、以前のように強い口調で理由を問い続けることを見直し始めたのは確かです。
できていることが増えても、確認が必要なところはある。
同じことを、また伝える日もある。
その中で、自分が焦って言葉を重ねていないかを、これからも振り返っていきたいと思っています。
次に試したいのは、質問を重ねる前に一呼吸置くこと
待つ余裕を、実際の行動にするならどうしたらよいだろうか。
次に同じような場面があったら、返事がないときにすぐ質問を重ねず、まず一呼吸置いてみたいと思います。
それでも返事がないときは、「今すぐ答えなくても大丈夫。いったんここで話を止めよう」と伝えて、その場で理由を聞き続けることを区切ってみる。
そして、少し落ち着いてから、自分が聞きたいことを一つに絞って話せるか考えたいと思います。
これは、今回振り返る中で考えた、これから試したい工夫です。すでに実践して効果を確かめた方法ではありません。
答えを引き出すために時間を数えるのではなく、自分が次の言葉を急いで重ねないための一呼吸にしたいと思っています。
「どうして?」のあとに、待つ余裕を
今振り返ると、私には、「どうして?」と聞いたあとに少し待つ余裕が必要だったと思います。
すぐに返事がないとき、さらに質問を重ねる前に、一度止まる。
自分が理由を知りたいのか、それとも早く行動してほしいのかを整理する。
相手が答えない理由を、自分の中だけで決めつけない。
これらは、すでに十分できるようになったことではありません。これから意識していきたい、自分の課題です。
待てば必ず答えが返ってくる、とも思っていません。
理由が分からないままのこともあるでしょう。私に余裕がなくなる日もあると思います。
それでも、返事がないことを理由に、さらに言葉を重ねる前に考えたいのです。
私は今、相手の答えを待てているだろうか。
「どうして?」と聞く私の中に、どのような期待や焦りがあるのか。
自分が話したことで、伝わったつもりになっていないか。
問いかける相手だけでなく、問いかけている自分の姿勢も、少しずつ見直していきたいと思います。
「どうして?」を、物語でも読む
同じ「どうして?」という言葉を、大人編・ナオ編・リク編の物語からも見つめられます。ここで描かれる気持ちが、実際の子どもの気持ちと同じだと決めつけるのではなく、自分の言葉を振り返るきっかけとして読んでいただければと思います。

