ナオ編・第3話
どうして?
校庭は、ざわざわしていた。
白い線と、たくさんの声。
試合の終盤だった。
ナオは、後ろの方にいた。
守る位置だった。
味方が、前に出ていた。
いい形だと思った。
ナオは、一瞬だけ、考えた。
次は、どこに動くか。
その一瞬で、流れが変わった。
相手のボールが、前に出た。
速かった。
カウンターだった。
声が、重なった。
誰かが走り出した。
ナオも、遅れて動いた。
体が、少しだけ遅れた。
頭の切り替えが、追いつかなかった。
ボールは、ゴールの前まで運ばれた。
ナオは、間に合わなかった。
ゴールの音がした。
空気が、変わった。
試合は、そのまま終わった。
はっきり言われた言葉は、覚えていない。
でも、
みんなが前を向いている中で、
自分だけ、少し後ろにいる感じがした。
着替えも、途中だった。
シャツを手に持ったまま、
更衣室を出た。
外に出ると、
音が、遠くなった。
頭の中だけが、うるさかった。
言葉にならないまま、考えだけが回っていた。
見ていたつもりはなかった。
サボっていたわけでもない。
でも、
どうして止まったのか、
うまく説明できなかった。
「どうして?」と聞かれても、答えは出なかった。
歩いているうちに、
気づいたら、足が向いていた。
教会だった。
中は、静かだった。
長いイスと、高い天井。
奥の方に、猫がいた。
青みがかったグレーの毛。
丸くなって、動かない。
ナオを見たけれど、
急かす目ではなかった。
ナオは、しばらく立っていた。
考えないようにして、
でも、考えが止まらなかった。
外に出て、
少し歩いたところで、声がした。
「……ナオ?」
コーキだった。
ナオは、一度だけ顔を上げて、
また前を向いた。
しばらく、並んで歩いた。
ナオが、先に言った。
「……集中してない、みたいに言われた」
言われた、というより、
そう思われた気がした。
それ以上、言葉は出なかった。
コーキは、すぐに返さなかった。
少し間をあけて、言った。
「そっか」
それだけだった。
「自分ではさ」
ナオは、靴先を見たまま言った。
「そういうつもり、なかった」
コーキは、うなずいた。
「あるよ、それ」
「切り替えようとしてる途中ってさ、
外から見ると
止まってるみたいに見えるんだよな」
ナオは、黙って歩いた。
一瞬の遅れ。
体と頭の、ずれ。
ゴールの前で、
自分だけ、少し遅れていた。
「責められた理由と、
自分の中で起きてたことが、
同じじゃないときもある」
コーキは、言い切らなかった。
説明もしなかった。
ナオは、歩きながら考えた。
怒られた理由は、
すぐには、はっきりしない。
でも、
自分が止まっていた時間に、
何もなかったわけじゃない。
教会で、
猫が、ただ見ていた。
急かさず、
責めず、
そこにいた。
ナオは、ほんの少しだけ思った。
理由は、
その場では見えないこともある。
あとから、見えることもある。
今は、まだ、わからなくても。
ナオは、歩いた。
さっきより、
少しだけ、足取りが落ち着いていた。
理由は、
その場では見えないこともある。
止まって見える一瞬に、
何が起きていたのかを思想章で考えます。

