「聞いているのか」
宿題の分からないところを説明しているとき、私は子どもにそう言うことがありました。
説明の途中で、別のことに気持ちが向いているように見える。こちらの話を聞いていないように感じる。
すると、私は声を強くしていました。
子どもは、初めは「聞いている」と答えていました。
それでも私は、確認を重ねました。
やがて子どもは、何も言わなくなりました。
今振り返ると、私はどんな反応があれば「伝わった」と思えたのだろう、と考えます。
返事がほしかったのか。説明を理解してほしかったのか。それとも、すぐに行動を変えてほしかったのか。
自分でも、はっきりとは分かりません。
今回は、「聞いているのか」と尋ねていた私の側に、どんな期待があったのかを振り返ります。
※この記事は、すべての家庭に当てはまる対応方法を紹介するものではありません。ひとつの家庭で起きたすれ違いと、保護者としての試行錯誤をまとめた記録です。
説明しているのに、聞いてもらえていないと感じた
宿題の場面でこうしたやり取りが多かったのは、子どもが中学生くらいまでの頃です。
分からないところを説明していても、私には、途中から話を聞いていないように見えることがありました。
「聞いているのか」
穏やかに確認していたわけではありません。強い口調で、怒鳴ってしまうこともありました。
私の中には、早く宿題を終わらせてほしいという思いがありました。
終われば、子ども自身も楽になる。それなのに、なぜ終わらせようとしないのか。
私はそう考えていました。
ただ、それは私の考えです。
子どもがそのとき、どこまで説明を理解していたのか。何が気になっていたのか。どこで分からなくなっていたのか。
そこまでは、確かめられていませんでした。
私には「聞いていない」ように見えていましたが、そのとき何が起きていたのかを、今も十分には分かっていません。
「聞いている」と答えても、私は確認をやめなかった
約束を守れなかったことについて話すときにも、同じようなやり取りがありました。
小学生の頃、私が叱っているうちに話が長くなり、途中から集中していないように見えることがありました。
すると、また尋ねていました。
「話、聞いているか」
子どもは、初めは「聞いている」と答えます。
けれど、私はそれで終わりにできませんでした。繰り返し聞くうちに、子どもは黙ってしまいました。
当時の私には、萎縮して、話が終わるのを待っているように見えました。
でも、黙っていた理由は、本人から確かめられていません。
分かっているのは、「聞いている」という返事があっても、私がさらに問いかけていたことです。
私は、何を確かめたかったのでしょうか。
約束を守ることは大切だと、理解してほしかったのだと思います。
ただ、理解してもらえたと判断するために、どんな反応を求めていたのか。それは、自分の中でも明確ではありませんでした。
話を聞いているか確かめながら、その先の理解や行動の変化まで求めていたのかもしれません。
「もういい」と、私から会話を終えていた
聞いてもらえていないと感じると、言葉をさらに強くすることもありました。
一方で、
「もういい」
と話を中断し、その場を離れることもありました。
それは、落ち着いて話し直すために、意図して休憩を取ったということではありません。
聞いていないと感じた私が、会話を終わらせていました。
その後は、しばらく沈黙が続きました。
でも、時間がたつと、子どもは普段どおりに接してきました。
その姿にも、当時の私は苛立っていました。
こちらは大切なことを伝えたつもりなのに、深刻に受け止めてもらえていない。直してほしいという思いが伝わっていない。
私はそう感じていました。
けれど、普段どおりに接してきたことと、話を何も受け止めていなかったことは、同じとは限りません。
子どもが何を考えていたかは分かりません。
それでも私は、その様子を見て「伝わっていない」と判断していました。
物語の「何も届いていない」に、自分が重なった
大人編第4話「聞きなさい」には、次の一節があります。
何度も確認した。
話しかけた。
返事もあった。
それなのに——
何も届いていない。
「……話を聞きなさい」
出典:コーキの探偵日記 大人編 第4話「聞きなさい」
この「何も届いていない」と感じるところに、私は自分との重なりを感じました。
話しかけた。説明した。返事もあった。
それでも、自分が期待した反応が見えないと、聞いてもらえていないと思ってしまう。
私も、そうだったのではないかと思います。
もちろん、物語の子どもと、実際の子どもが同じ気持ちだったとは限りません。
私が重ねたのは、子どもの内心ではなく、「伝えたのに届いていない」と感じていた自分の姿です。
前の記事「子どもが『どうして?』に答えないとき|答えを待てなかった私の振り返り」では、質問したあとに答えを待てていたかを振り返りました。
今回は、その前にもう一つ、自分に確かめたいことがあります。
私は、何をもって「聞いている」「伝わった」と判断していたのだろうか。
その基準を整理しないまま、子どもに確認を求めていたのかもしれません。
自分が言われる側だったら、と考えた
伝え方を見直すきっかけになったのは、自分が逆の立場だったらどうだろう、と考えたことでした。
強い口調で、何度も「聞いているのか」と言われる。
自分なら、こんな言い方をされたら聞きたくなくなるのではないか。
そう感じました。
だからといって、子どもも同じように感じていたと分かったわけではありません。
ただ、相手に聞くことを求める前に、自分の伝え方を見直す必要があるのではないかと思うようになりました。
まず、怒って伝えることをやめようとしました。
話し始める前に一息つく。
頭の中で伝えたいことを整理する。
そして、ゆっくりした口調で話す。
先ほど紹介した「どうして?」についての記事にも書いたように、今もこうしたことを心がけています。
約束を守ってほしいという思いを、なくしたわけではありません。
その思いを伝えるときに、言葉を強くすることだけを繰り返さないようにしたいと思っています。
今も、伝わったかどうかは簡単には分からない
以前より、少しは話を聞いてくれているように感じます。
ただ、それは私の実感です。どこまで理解したか、納得したかが、すべて分かるようになったわけではありません。
私も、つい強く言ってしまいそうになることがあります。
一息つけばいつも落ち着ける、ゆっくり話せば必ず伝わる、という話ではありません。
今も気をつけながら、関わり方を見直している途中です。
「聞いている」という返事だけで、すべてが伝わったとは限らない。
でも、私が期待した行動がすぐに見えないからといって、何も聞いていなかったとも言い切れない。
当時は一つにしていたことを、今は分けて考えてみたいと思っています。
これからは、本人が考える時間も残したい
これから大切にしたいのは、私が説明する時間だけでなく、子ども自身が考える時間です。
私は、本人にも自分で考え、行動してほしいと思っています。
そのためには、私がルールや目標を決めて伝えるだけで終わらず、本人がどう考えるかを聞く時間も必要なのではないかと感じています。
例えば、次に同じような場面があったら、伝えたいことを整理したうえで、
「次はどうしたらよさそう?」
と尋ね、すぐに私の答えを続けずに待ってみたいと思います。
これは、今回振り返る中で考えた、これから試したい言い方です。すでに実践して効果を確かめた方法ではありません。
その場で答えが出ることを、新しい課題にしたいわけでもありません。
私が望む答えを言ってもらうためではなく、本人の考えを聞くための時間にしたいと思っています。
「聞きなさい」と言う前に、自分の期待を確かめる
当時の私は、宿題を早く終わらせてほしかった。
約束を守ることの大切さを、理解してほしかった。
その思いはありました。
けれど、「聞いているのか」と尋ねたとき、どんな反応があれば納得できたのかは、今考えてもはっきりしません。
何を求めているのか、自分でも整理できていないまま、確認を重ねていました。
だから、これから「聞いているのか」と言いそうになったときは、まず自分の側に問いを戻したいと思います。
私は今、何を伝えたいのだろう。何をしてほしいのだろう。
返事を求めているのか。
分からないところを確かめたいのか。
それとも、早く行動してほしいのか。
そこを整理することから、言葉を選び直していきたいと思っています。
「聞いている」と答えた子どもに、私は何を求めていたのか。
すぐには答えが出なくても、その問いを持ちながら、これからの話し方を見直していきたいと思います。
「聞きなさい」を、物語でも読む
同じ「聞きなさい」という言葉を、それぞれの立場から描いた物語もあります。
物語の登場人物の気持ちと、実際の子どもの気持ちを同じだと決めつけるのではなく、自分の言葉を振り返るきっかけとして読んでいただければと思います。
※本文に登場する状況は、家庭で実際に起きたことをもとに、個人が特定されない形でまとめています。
