ナオ編・第11話
ぼくのペース
朝の台所は、もう動いていた。
父は、食事を終えていた。
新聞をたたみ、時計を見て、上着を手に取る。
いつもと同じ速さで、いつもと同じ順番だった。
姉は、まだ食べていた。
スマホを見ながら、ゆっくり。
箸は止まることもある。
でも、気にしている様子はなかった。
ナオは、二人より早く起きていた。
食べ始めたのも早かった。
けれど、食べ終わるまでに、時間がかかった。
噛んで、飲み込んで、少し考えて。
父より遅く、姉よりは早い。
父は、玄関に向かいながら言った。
「早く食事しないと、遅れるぞ」
ナオは、顔を上げずに、うなずいた。
「うん」
言葉は返した。
でも、頭の中には、別のことが残った。
姉のほうが、まだ食べている。
でも、父は何も言わない。
同じ「遅さ」でも、違うものに見えている気がした。
「遅れる」の基準が、よくわからなかった。
父が出ていく音がした。
ドアが閉まる。
姉は、食べ終わると、急に動き出した。
皿を片づけ、髪をまとめ、かばんをつかむ。
ナオが玄関で靴を履いていると、
姉は横をすり抜けた。
「行ってきます」
ドアは、閉まらなかった。
外の空気が、すっと入ってくる。
家庭科の教室は、甘いにおいがしていた。
プリンを作る時間だった。
決められた順番が、黒板に書いてある。
ナオは、その通りに作った。
一つずつ。
間違えないように。
混ぜて、温めて、待つ。
気づくと、まわりは先に終わっていた。
全員がそろわないと、次に進めない。
何人かが、こちらを見ている気がした。
ナオは、手を止めなかった。
急ぐ理由が、わからなかった。
ちゃんと、書いてある通りに、やっている。
先生が、言った。
「もう少し、早く作ってね」
ナオは、うなずいた。
でも、何を変えればいいのかは、わからなかった。
放課後、公園のベンチに座った。
今日のことを、思い出していた。
「早く食事しないと、遅れるぞ」
「もう少し、早く作ってね」
どちらも、同じ言葉に聞こえる。
でも、同じ意味ではない気がした。
足音がして、コーキが来た。
そばには、ルリもいた。
何も言わず、ベンチの近くに座る。
ナオは、ぽつりと言った。
「俺、ちゃんとやってたんだけど」
コーキは、少し考えてから言った。
「人によって、歩く速さって違うよな」
それだけ言って、立ち上がった。
ルリも、あとを追った。
一人になったベンチで、ナオは考えた。
父の言葉。
先生の言葉。
コーキの言葉。
答えは、出なかった。
でも、全部が同じじゃないことは、わかった。
帰り道で、姉と合流した。
姉は、いつもの速さで歩いていなかった。
ナオのとなりを、同じくらいの速さで歩いた。
特別なことは、なかった。
ただ、並んで歩いた。
ナオは、少しだけ、楽だった。
合わせなくてもいい気がした。
遅いのではなく、
違うだけかもしれない。
速さの基準は誰のものなのかを、
思想章で考えます。

