【がんばれ】同じ言葉なのに重さが変わる理由〈ナオ編 第10話〉

ナオ編

ナオ編・第10話

がんばれ

朝の食卓は、静かだった。

テレビはついていない。

父は、スマホの画面を下に置いて、味噌汁を飲んでいた。

「今日は……がんばれよ」

唐突だった。

ナオは、箸を止めたまま、父を見た。

理由は、言われなかった。

何についてなのかも、わからなかった。

「うん」

そう返して、ナオはまた箸を動かした。

返事はした。

でも、胸の奥に、うっすらと何かが残った。

がんばれ。

なにを?

父は、もうスマホに視線を戻していた。

ときどき、ナオの方をちらっと見る。

気にしていないわけじゃないのは、わかった。

でも、ちゃんと見られている感じもしなかった。

食事が終わり、ナオは玄関で靴をはいた。

ひもを結びながら、さっきの言葉を思い出していた。

がんばれ。

がんばっていない、みたいに聞こえた気がした。

そんなつもりじゃないと、頭ではわかっている。

でも、気持ちは、そう受け取ってしまっていた。

玄関ですれ違いざまに声をかける姉とナオ

背後で、足音がした。

勢いよく、姉が玄関に入ってくる。

「先、行くね」

そう言いながら、ナオの横をすり抜けて、靴をはく。

かかとを踏み、ドアに手をかける。

「……ナオ、がんばって」

それだけ言って、外へ出ていった。

ドアは、閉まらなかった。

ナオは、少しだけ驚いた。

胸の奥が、ほんのわずか、あたたかくなった。

姉の「がんばって」は、軽かった。

背中を押す、というより、

横を通りすぎながら、置いていったみたいだった。

同じ言葉なのに。

さっきの「がんばれ」と、違って聞こえた。

言葉じゃなくて、置かれ方が違った。

ナオは、立ち上がり、玄関を出た。

学校へ向かう道で、

その違いの正体を、うまく言葉にできずにいた。

授業中も、ときどき思い出した。

がんばれ。

がんばって。

頭の中で、同じ言葉が、少しずつ形を変えていた。

完成した背景を見て評価する先生とナオ

文化祭の準備の時間。

教室の後ろに立てかけてあった、大道具の背景を、先生が見ていた。

「これ、よくできてるね」

ナオは、少し驚いて顔を上げた。

「ナオが、ほとんど一人で描いてくれたんです」

クラスメイトが、そう言った。

自分から言ったわけじゃないのに、名前が出た。

先生は、背景をもう一度見てから、ナオの方を見た。

「そうか。じゃあ……よくがんばったね」

その言葉は、胸に、すっと入ってきた。

がんばった。

過去形だった。

ちゃんと見たあとで、言われた気がした。

結果だけじゃなく、そこまでの時間も。

ナオは、少しだけ、息を吸った。

放課後、帰り道を歩きながら、

ナオは、小さく口を動かしていた。

「……がんばれ」

声にはならなかった。

でも、頭の中で、何度も転がしていた。

同じ言葉なのに、

重くなるときと、軽くなるときがある。

背中に乗るときもあれば、

横に並ぶときもある。

夕焼けの中、

ナオは歩いた。

少し後ろで、

同じ速さで歩く気配が、

一瞬だけした。

でも、今日は振り返らなかった。

今日は、まだ、考えていたかった。

まだ、決めなくていい気がした。

がんばれ。

がんばったね。

その違いを、

自分の中で、もう少しだけ、確かめたかった。


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