ナオ編・第5話
手放せない
部屋は、暗かった。
電気は、消してあった。
ナオは、ベッドの上にいた。
制服から着替えて、
そのまま横になっていた。
目は、閉じていなかった。
閉じようとは、思っていた。
スマホが、鳴った。
短い音だった。
机の上に置いたはずのそれは、
もう、手の中にあった。
メールだった。
誰からだったかは、
よく見なかった。
画面を、少しだけ見たつもりだった。
そのまま、指が動いた。
スクロールした。
止めようと思った。
一度、画面を暗くした。
暗くなったのに、
頭の中は、静かにならなかった。
ナオは、スマホをもう一度つけた。
何を見ているのか、
はっきりとは、わからなかった。
眠い、とは思っていた。
体は、重かった。
でも、
その「重さ」をどうすればいいのか、
考える気力は、なかった。
やめようとしても、止まらなかった。
画面の光が、
ぼんやりと、目に残った。
廊下で、音がした。
足音だった。
ナオは、少しだけ体を動かして、
布団を、頭まで引き上げた。
布団の中で、
スマホを見た。
さっきより、
画面が近くなった気がした。
足音は、
そのまま、遠ざかった。
声は、かからなかった。
ナオは、
それが父だと、わかった。
声をかけられなかったことに、
ほっとしたような、
少しだけ、取り残されたような、
よくわからない感じがした。
布団の中で、
スマホの光が、また動いた。
消そうとして、
消せなかった。
窓の外で、
小さな影が、動いた。
ナオは、見なかった。
見なくても、
そこに何かいる気がした。
その気配は、
なにも言わなかった。
なにも、求めなかった。
ただ、
そこにある感じがした。
いつの間にか、
画面は暗くなっていた。
ナオは、
いつ消したのか、覚えていなかった。
朝だった。
外は、明るかった。
体は、少し重かった。
ナオは、
いつもより、動きが遅かった。
学校へ向かう道で、
声をかけられた。
「おはよう」
コーキだった。
ナオは、
少しだけ顔を上げた。
「……眠い」
それだけ、言った。
コーキは、
笑わなかった。
「俺もさ、
前、夜にスマホ触っててさ」
ナオは、歩きながら聞いた。
「朝、きつかった」
それだけだった。
説明は、なかった。
ナオは、
自分の足元を見た。
「……疲れって、
その日で終わらないんだな」
コーキは、
一度だけ、うなずいた。
「あるある」
その一言で、
ナオの肩が、少しだけ下がった。
同じ人が、
ほかにもいる。
それだけで、
気持ちが、少し軽くなった。
歩き方が、
ほんの少しだけ、早くなった。
スマホのことは、
まだ、どうするかわからない。
でも、
「やめたくなかったわけじゃない」
それだけは、
はっきりしていた。
手放せないことは、
弱さとは限らない。
止められなかった夜に、
何が残っていたのかを思想章で考えます。

