大人編・第12話 思想章
思想章:できたは、完成とは限らない
人はどこからを「できた」と呼ぶのだろう。
① この言葉が生まれた背景
「できた」という言葉は、
多くの場合、完成を意味します。
終わった。
提出できた。
完璧に仕上がった。
しかし実際には、
その途中段階にも「できた」が存在することがあります。
② 子どもの中で起きていること
全部は終わっていない。
まだ途中。
それでも、人は
「ここまでやった」と示したくなることがあります。
差し出された途中は、
完成ではなくても、
確かに前に出された一歩です。
③ すれ違いが起きる瞬間
大人は完成を見ます。
終わったかどうか。
全部できたかどうか。
けれど子どもは、
途中を差し出していることがあります。
その途中をどう受け取るかで、
次の挑戦の重さが変わります。
④ 関係を変えるヒント
途中を受け取る関係をつくること。
完成だけを評価しないこと。
そうすると、
人は「できた」を持ってきやすくなります。
⑤ 父としての問い
私はこれまで、
完成したものだけを見ていただろうか。
それとも、
途中の一歩を受け取れていただろうか。
次に差し出された「途中」を見たとき、
私はそれをどこまで「できた」と呼べるだろう。