大人編・第10話 思想章
思想章:励ましは、押すこととは限らない
善意の言葉は、いつ圧力に変わるのだろう。
① この言葉が生まれた背景
「がんばれ」という言葉は、
多くの場合、応援として使われます。
努力を信じているからこそ出てくる言葉。
相手の可能性を信じているからこそ、
背中を押したくなる。
けれどその言葉が、
すでに精一杯の人に向けられたとき、
別の意味として届くことがあります。
② 子どもの中で起きていること
人は、限界の近くにいるとき、
外からはそれが見えないことがあります。
すでに努力している。
すでに試している。
それでも、思うように進まない。
そんなときに届く「がんばれ」は、
応援ではなく、
「まだ足りない」という評価のように聞こえることがあります。
③ すれ違いが起きる瞬間
大人は、励ましているつもりだった。
しかし子どもは、
「まだ足りない」と言われたように感じる。
同じ言葉でも、
立っている位置が違えば、意味は変わります。
励ましは、押す行為になることもあれば、
ただ隣に立つ行為になることもある。
④ 関係を変えるヒント
励ましは、必ずしも言葉である必要はありません。
評価をしないこと。
結論を急がないこと。
ただ隣で聞くこと。
それだけで、
人は自分のペースを取り戻すことがあります。
⑤ 父としての問い
あのとき私は、
相手を励ましたかったのだろうか。
それとも、
自分の期待を押していただけだったのだろうか。
同じ「がんばれ」でも、
立つ位置で意味は変わる。
次に言葉をかけるとき、
私は隣に立っているだろうか。