ナオ編・第3話 思想章
思想章:理由が見えないとき
「どうして?」という問いは、
すぐに答えが出るとは限りません。
① この言葉が生まれる場面
試合や授業、日常の中で、
人はときどき「どうして?」と聞かれます。
どうして失敗したのか。
どうして動かなかったのか。
どうして気づかなかったのか。
理由を説明することは、
大人にとっては当たり前のように見えるかもしれません。
けれど、その瞬間に起きていたことは、
本人の中でもまだ整理されていないことがあります。
② ナオの中で起きていること
ナオは、わざと止まっていたわけではありません。
次にどこへ動くかを考え、
状況を見て、
体を動かそうとしていました。
ただ、
その切り替えが一瞬遅れました。
体が動くより先に、
頭の中で考える時間が生まれていたのです。
その一瞬は、
外から見ると「止まっている」に変わります。
③ 外から見える姿と内側の出来事
人の行動は、
外から見える姿だけで判断されることがあります。
動いていなければ、
「見ていた」と思われる。
反応が遅ければ、
「集中していない」と見える。
けれど、
その内側では別のことが起きている場合もあります。
考えていた。
切り替えようとしていた。
状況を整理していた。
外側の評価と、
内側の出来事は、
いつも同じとは限りません。
④ 理由がすぐに言葉にならない理由
「どうして?」と聞かれたとき、
人はすぐに答えられるとは限りません。
とくに、
一瞬の出来事や感覚は、
言葉にするのが難しいものです。
体の動き。
注意の向き。
頭の中の切り替え。
それらは、
後になってから少しずつ整理されることもあります。
⑤ ナオの中に残ったこと
ナオは、
「どうして」をすぐに説明できませんでした。
けれど、
何も起きていなかったわけではありません。
考えていた時間。
切り替えようとしていた時間。
その一瞬の中にも、
ナオの中では出来事がありました。
理由は、
その場では見えないこともあります。
でも、
少し時間が経つと、
形が見えてくることもあります。